Dr.佐中の腎臓内科第1診察室日誌
江戸川病院
生活習慣病CKDセンター長
メディカルプラザ市川駅
院長

佐中 孜先生

vol.4

患者Yさんは元来140~150/80~95程度の高血圧に罹患し、10年以上にわたって高血圧治療薬の処方を受けていたところ、最近になって、血清クレアチニン値の結果から機能が比較的急速に低下する傾向が見られることが指摘され、来院されたこの時にまず私の頭に浮かんだ事柄をvol.3で列挙しました。今日はその続きです。
「ふだん食事は何か気をつけていらっしゃいますか?」
患者Yさん
「高血圧なので塩分は摂り過ぎないようにしています。」
「それ以外は?たんぱく質を摂り過ぎないようには言われませんでしたか?」
患者Yさん
「かかりつけの先生に言われたことがあります。それで、再検査の1週間前から牛や豚、鶏のお肉やお豆腐の量はこれまでの3分の2に減らし、全体に腹八分目を目安にしました。」
「なるほど、その後の蓄尿検査の結果がvol.3にまとめられた数値ですね。これまでより随分減らしたというわけですね。お漬け物や、味噌汁などの汁物も減らしたのではないですか。」
患者Yさん
「はい。焼肉をお腹一杯食べるのが好きなのですが、10日間ぐらいは遠慮していますし、お漬け物や味噌汁も止めました。」
「確かに、推定蛋白摂取量、推定塩分摂取量、推定カリウム摂取量ともに不十分ですが、理想的な数値に近くなっていますね。」
患者Yさん
にっこり笑ってうなずき、結果に自信がありそうです。
ここで、まずは前回私の頭に浮かんだ問題点をあらためて思い返して頂きたいと思います。何故なら、これらを一つ一つ解決することがCKD患者の腎機能悪化阻止に繫がるからです。
この患者さんのクレアチニンクリアランス、eGFRは、それぞれ73.3ml/分、29.4ml/分だった。これらの値が違い過ぎる。検査方法に誤りがあるか?あるいはこのような値にさせるようなことが腎に起きているのか?それぞれの値に信頼性はあるのか?
このことを解決するためにまず必要なことは、真のGFR(腎機能;糸球体濾過値)を求めることである。血清クレアチニン値から推算するeGFRではない。
そこで、vol.3でも言及したイヌリンクリアランス検査によってGFRを求めることにした。この検査は下記の構造式のイヌリンを1時間にわたって点滴静注し、この間に2回の採血と1回の採尿を実施するもので、保険診療の対象として認められているが、実際にはやや煩雑でもあるので、私は手慣れた医療施設での実施を勧めている。
【図1 イヌリンの構造式】
イヌリンは、果糖が直鎖上に結合し、その末端にブドウ糖が付加された平均分子量3,000~8,000の多糖類である。 普段よく食べているタマネギ、ゴボウなどといった多くの植物に存在する。キクイモやチコリには特に多く含まれている。
2週間後に実施したイヌリンクリアランス検査は46.1ml/分であった。真のGFRは、血清クレアチニン値から推算したeGFR値より16.7ml/分も高めだったということになる。しかもクレアチニンクリアランスは73.3ml/分である。
そもそも、クレアチニンクリアランスは糸球体でのクレアチニン濾過能力だけでなく、尿細管でのクレアチニン分泌能力も反映しているので、クレアチニンクリアランスはGFRより高値となり、GFRの1.3~1.6倍になる。このことはVol.3の図2とその前後の記述に示した通りである。
今回の患者Yさんにおける検査成績はまさにこのことを表したものと言え、尿細管構成細胞が糸球体細胞ほどには破壊されてない可能性が多いにあるということを示唆しており、今後の私の治療、対応の仕方によって、この患者さんの悪化した腎機能の改善、あるいは少なくとも長期にわたる現状維持が可能であるとの印象を持たせるに十分であると考えた。
2
尿量2,000ml以上は多尿傾向もあり、夜間尿、頻尿があるのではないか?
前立腺肥大症を合併している可能性は大いにある。前立腺肥大症の患者さんの50~70%は過活動膀胱を合併している。このような病態では、膀胱に貯められる尿量が減っているだけでなく、膀胱に十分尿が貯まっていないうちに膀胱が収縮してしまうため、尿意を感じ、トイレに行く、つまり頻尿になる。その一方で、排尿後に膀胱内に尿が多量に残るようになり、これも頻尿の原因になるだけでなく、腎後性腎障害、すなわちCKDにおける腎機能障害のリスクになる。残尿は100ml以上と言われているが、CKDでは50ml以上から異常と考えた方が良い。
この患者さんはPSA(前立腺特異抗原)は2.27と基準値内にあったが、残尿は67mlで、夜間に4回程度の頻尿もあったため、前立腺異常が腎障害の急速悪化の原因と考え、泌尿器科にて前立腺肥大症の治療を実施、その後のPSAを0.15にまで低下させている。その後の腎機能の変化は後に述べるが、予想通りに順調であることは言うまでもない。
3
蛋白尿は少ないと言えるので、蛋白尿から判断される重要度は病期から推察される重症度より軽そうなので、末期慢性腎臓病へと悪化リスクを克服して進行を抑制できるかもしれない。ここには希望がありそうだ。
今回、反復検査しても1日尿蛋白排出量は1g以下だった。これも今後の治療に効果が期待できる予兆と言えそうである。
4
食生活は、高血圧症の現病歴もあり、食塩摂取には気をつけていそうだが、たんぱく質については無頓着かもしれない。
たんぱく質については今回は意識的に制限していても、実際には無頓着かもしれない。カリウム制限やリン制限はどうだろうか。こんなことを思いながら、1ヶ月後に蓄尿検査を実施した。
結果は下記のように推定たんぱく質摂取量、推定リン摂取量については特に問題山積であることが窺えた。
【表1 慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版】
以上のように、腎機能はやや低下し、推定たんぱく質摂取量は明らかに増加、推定塩分摂取量もやや増加していた。推定カリウム摂取量(KCl換算)ほぼ同程度にとどまっていたが、推定リン摂取量基準値は基準値の700~1,000mg/日を大幅に上回るという結果であった。すなわち、日常的にはたんぱく摂取量は推奨量を大幅に上回るし、塩分も10年以上も注意してきたとは言え、十分とは言えない食生活をお送りになっていたということだ。ましてや日頃、縁のないリンの摂取制限に至っては全く頓着されていなかった。そこで、これらを踏まえて、食事指導指示書を書く必要がある。
当然、日本腎臓学会が提唱するガイドライン(表1)を参考にする必要がある。しかし、これを見て皆さんは迷うのではないだろうか?この患者さんの腎機能はクレアチニンクリアランス62.5ml/分、eGFR29.0ml/分、GFR(イヌリンクリアランス)46.1ml/分である。すなわち、たんぱく質摂取量は、クレアチニンクリアランスで病期を決定すれば、過剰な摂取をしない、の一言で良いことになるし、eGFRなら0.6~0.8g/kgBW/日、GFR(イヌリンクリアランス)なら0.8~1.0g/kgBW/日の指示ということになり、微妙に異なってくるからだ。
このような場合、私は血清アルブミン値、血色素値、AGE(ペントシジン)値、筋肉量(力)、下腿周囲長を参考にして決めるようにしている。
患者Yさんは、血清アルブミン値4.3g/dl、血色素値(Hb)10.2g/dlなど、栄養状態が比較的良好であり、握力35.0kg、下腿周囲長38.4cm L(基準値 23~39)であることからサルコペニアの存在も否定的と推察された。その一方で、AGE値0.082μg/mL(基準値 0.0091~0.0431)であり、酸化的ストレスに暴露されていることも危惧された。これらを加味して、目標とするたんぱく質摂取量は40~55g/日(0.7~0.9g/kgBW/日)、推定塩分摂取量3~5g/日、リン摂取量700~1,000mg/日、エネルギ-1,800~2,000kcal/日を目標として栄養調整された食事のオーダー、あるいは自分やご家族による調理を継続することが求められるとお話し、栄養指導の指示を出した。
また、この患者のような病期で、尿が1,500ml以上維持でき、尿中へのカリウム排泄が維持されている場合にはカリウム制限を意識して実施すべきではなく、推定カリウム摂取量(KCl換算)3~4前後g/日となることも許容されると考え、むしろ、抗酸化力の回復を目的とした新鮮野菜の摂取も奨励した。この点は日本腎臓学会が提唱するガイドライン(表1)の記載とは異なるが、これまでに筆者の指示により高カリウム血症を来たし、治療に難渋した症例に遭遇したことはない。
5
そもそも、この患者さんの腎機能は確かに障害されてはいるが、何故、2012年11月頃を境として急に更に悪化したのだろう。
既述のように、この患者さんの腎機能は2012年10月、11月頃には既にeGFRで44ml/分に低下していた。それ以前は明かではないが、腎サイズは左右ともに萎縮傾向にあり、腎動脈血流は腎ドプラー検査で流速低下が示唆された。上腕動脈―足首動脈間脈波伝搬速度(brachial-ankle pulse wave velocity;baPWV)は左右ともに2,000cm/sを超えていた。かなり以前から腎動脈硬化症は存在し、高血圧がそれを暗示していたが、極めて緩徐かつ密やかに進行していたために早期発見には至らなかったものと推察される。従って、この患者さんの進行性CKD(慢性腎臓病)の本態は腎動脈硬化症と診断できるし、高血圧性腎硬化症の可能性もある。
しかし、2012年11月頃から私の外来の初診までの約9ヶ月間の急激な進行の原因について考えておかないと、的確な治療というわけにいかない。
そこで、可能性として、(1)酸化的ストレス過多、高脂血症、高血圧コントロール不良などによる腎動脈症の進行、(2)脱水症、(3)尿流停滞という腎後性因子などがあげられ、患者Yさんもこのような集学的な治療の対象となったことは言うまでもない。
患者Yさんのまとめとして、腎後性リスクの低減、抗動脈硬化、血圧コントロール、サルコペニア、フレイル予防に配慮した上で、適正低たんぱく、減塩、抗酸化力の付加、適正エネルギーを基盤とした食事療法を継続することが腎機能悪化を防ぐためには重要である旨を最後に付記するが、いずれ5年後のこの患者さんついて述べる予定にしているので、今後の連載をお見逃しにならないよう継続的にご高覧ください。