地域で高齢者の「食」を支える覚悟と創造力
病院だけでなく
地域を包括した食支援に
目を向ける時代!
公立能登総合病院
歯科口腔外科 部長

長谷剛志先生
決して背伸びせず今ある中から創り出すんだ!
「資金がありません・・・」「人出が足りません・・・」「専門職がいません・・・」
そんなシャットアウト的言い訳めいたセリフには、もううんざりだ。切羽詰まった状況と何としても打開しなければいけない問題が眼前に立ちはだかるとき。そんな時こそ無心で一歩前に踏み込むんだ。今あるものの中でやればいい。突拍子もなく大きなことを最初から成し遂げようと頭を捻るのではなく、自分たちの地域で困っている課題から視線を逸らさず真っ向からただただ一つのことを解決すためだけに立ち向かうんだ。そうすれば、やがて課題は解決され、また一つ壁が現れる。そして、さらにそこを乗り超えようと戦略を練る。この繰り返しこそが地域で暮らす高齢者の食支援を作り上げていくんだ。敷いたレールが辿り着く先は、まだまだ見えないけれど、そのレールの上を走る蒸気機関車の車輪は多職種が協働して原動力となっていることに間違いない。

怒涛の超高齢社会。国や市町村の重い腰をバールでひっぺ返すことに労力を費やすより、最前線の現場から着火するんだ。小難しい評価で「摂食嚥下障害」と診断され、御託並べた説明を受け、昨日まで続けたきた「食べる」という行為が奪われる。食事内容も食べ方も栄養も全て。そして、楽しみや喜びが喪失した食生活が始まる。これを食支援と呼ぶのだろうか?さらに、その状態で病院から地域に放り出された高齢者と、そのサポートに日々悩み奮闘する訪問・介護スタッフ、対応の難しさにしかめっ面した家族をみているともう待てない、待ってられないんだ。

「食」を支える専門家は誰なのか?
約7年前のこと。地域の病院から近隣にある高齢者施設へ退院した患者がいた。その際、病院から施設へ申し送られる書類には退院直前に食べていた食形態の「呼称」が記載された。しかし、その書類を受け取った退院先の施設は、食形態の「呼称」を見て、類似しているが全く異なる形態の食事を提供してしまったのだ。そして、窒息事故が起きた。人は決して安全のみを重視して食べているわけではないが、食べる力が低下した高齢者にとっては、ちょっとした形態の変化やトロミの付与あるいは姿勢保持も含めた食べ方が命取りになることがある。同一施設内で管理している時はよいが、療養環境が変われば提供する食形態の「呼称」に留意したい。さらに、提供される食形態のみならず、対応するスタッフのノウハウやスキル、食事に対する配慮にも温度差がある。特に病院から施設へと療養環境が移る場合、100%の継続コピーはできずとも、引き継ぐべき食に関する情報はしっかり施設間で共有したい。そして、「食べる」という行為は医療的視点と生活的視点のはざまで多職種が関わりをもって支えることが大切なのだ。誰か一人あるいは、特定のスタッフだけが熱心に取り組めばいいというものではない。機能評価、食形態の選択、食べさせ方や補助栄養について多角的に考える必要がある。背景疾患やライフステージにもよるが、職種を問わず様々な専門性を発揮し、柔軟な対応を心掛けたい。
「食形態マップ」の誕生秘話
前述した窒息事故をきっかけに高齢者の食支援に関わるスタッフらによって地域の関連施設の給食状況と食形態の「呼称」について調査が始まった。調べてみて驚いたのは、「呼称」の数もさることながら、ネーミングのセンスだ...「やわらか食」や「ミキサー食」「ペースト食」という表記であればそれとなくイメージできるのだが、中には「まろ食」や「レッツゴー食」など特定の人にしか把握できない「呼称」も存在した。本来、食形態の日本語から想起するイメージは個人差が大きいため、各施設で使用する「呼称」は最大公約数的な表現を試みる必要があるが、すでに馴染みの「呼称」として長年取り組んでいる施設が多く、突然の変更や統一は困難を極めた。
ならば、何かできないかと閃いたのが「ルービックキューブ」の発想だ。「ルービックキューブ」は6面全て色合わせすることは難しいが、1面だけであれば、ちょっとした工夫で簡単にできる。つまり、食形態の「呼称」も地域の全施設を合致させようとするのではなく、患者の移動が予想される施設間を1対1で合わせることができればそれでいいのだ。しかも、キューブの色合わせと同じように混在する「呼称」を色によって分類し、食形態に精通していない初心者でも識別できるよう可視化しようという作戦だ。そして、最初の構想から3年がかりではあったが、能登地域の「食形態マップ」が完成した。http://noto-stroke.net
代表を務める「食力(しょくりき)の会」のメンバーが中心となって能登地域の病院や施設に、この取り組みの趣旨と理解について何度も説明会を開催した。もちろん全ての協力が得られたわけではないが同じ問題で悩んでいる人も多く、現在のところ能登地域の46施設がマップ登録している(2018年11月現在)。患者の移動により食形態の「呼称」が変更となっても「食形態マップ」さえあれば、これを整合表として相応し食事が選択できるのだ。また、地域の食形態を整理することで、施設のスタッフ同士が食支援について語り合う機会が増え、自施設の中だけでは今まで見えていなかった地域の食支援に関する様々な課題が浮き彫りとなってきた。
食形態マップ誕生まで
2010年      施設間での食形態の呼称の違いにより窒息事故が発生
2011年3月   地域の関連施設で食形態の呼称の実態調査を実施
2011年8月   色で分類する食形態マップの構想を策定
2011年10月~ 「食力の会」で説明会を実施
2014年6月   能登地域の食形態マップ完成
        ホームページ公開
2018年11月    46施設登録
食事観察サポート「い~とみる®︎」の想起と展開
選択した食形態をいつまで継続すればよいのか?そろそろ一段階レベルアップできるのではないか?あるいは、レベルダウンした方がいいんじゃないか?そんな場面に遭遇することがある。特に施設は病院と異なり、設備環境やスキル的な問題か嚥下内視鏡検査や造影検査ができるところは限りなく少ない。そこで、判断の手掛かりとなるのが食事場面の観察(ミールラウンド)だ。
多くの施設では、金科玉条の如く「PDCAサイクル」をベースとした食支援計画書やマニュアル等に基づき、Plan(計画) ⇒ Do(実行) ⇒ Check(評価) ⇒ Action(改善)を繰り返し管理主体の食支援を継続する。しかし、長年の経験や生活習慣の中で築いてきた個々の「食べる」という行為を一律の基準で体系づけて管理するのはナンセンスに感じる。
検査では食べれないはずなのに家族の差し入れは問題なく食べる人、環境が変わると上手く食べる人、好きなものならたくさん食べる人。高齢者の食事は、日内・日差が大きく、その時の気分や体調にもよるため、ある時点で評価した咀嚼や嚥下機能が必ずしも継続して、その人の食べること全てを示しているとは限らない。あくまでも一時点の所見にすぎないのである。
そこで、食べることの変化に的確に対応するためには、「PDCAサイクル」よりも「OODAループ」の思考が活きてくる。「OODAループ」は、かつてのアメリカ空軍大佐であるジョン・ボイドによって提唱された戦略理論で、孫子の兵法やトヨタ経営方式をベースに生まれたとされている。Observe (観察) ⇒ Orient (状況判断、方向づけ) ⇒ Decide(意思決定) ⇒ Act (行動)の順に構成され、わかりやすく言うと「みる→わかる→きめる→うごく」という循環である。「PDCAサイクル」はPlanが所与であるため、十分な観察を抜きに思い込みによるプランニングと実行を誘発してしまう可能性があるのに対し、「OODAループ」は計画の多角的な検討と柔軟な発想・臨機応変の実効性に期待できる。想定外のことが起きる状況でも有効であり人間的側面を重視していることも特徴である。食事場面をよく観察(ミールラウンド)し、そこから得られた所見を洞察することで療養環境も含めた状況を判断し、食支援方法を決定・行動する理論である。
些か前置きが長くなったが、その「OODAループ」の理論を高齢者の食支援に応用したのが食事観察サポート「い~とみる®」(㈱八光)である。食事に対する現状の課題を抽出し、食支援の必要性や方向性を確認する羅針盤として食事場面の観察(ミールラウンド)に役立つソフトである。
「い~とみる®」を起動し、食事場面を観察しながら該当する項目にチェックを入れる(全25項目)と、食事に関する問題点と対応のヒントが画面上に自動表示されるシステムだ。さらに、高齢者の食べる力が①全身状態、②認知機能、③口腔機能、④咽頭機能、⑤姿勢の視点から5角形のレーダーチャート(い~とみる®︎スコア)として示されるため、専門的知識がなくてもわかりやすく、長所と短所が見える化されるところもポイントだ。得られた結果と対応策を参考に高齢者の食に関する情報を多職種で共有しやすく療養環境が変化しても時系列で記録できるため、家族説明にも便利である。
詳しくは「い~とみる®」のホームページを参照されたい。
地域包括型食支援:「カニや白えび」の関係とは!?
生活環境や療養環境で「食べること」に問題を抱えている。それゆえ、通り一遍のやり方では高齢者本人のみならず周囲のスタッフや家族も疲弊してしまう。個々の食習慣や食経験を勘案し、生活に寄り添った支援が必要なのだ。
その基盤となるのが、「カニや白えび」の関係だ。カニや白えびは、北陸の冬の味覚を代表する食材であるが、ここで述べる「かにやしろえび」は食材を意味しているわけではない。①か(環境)、②に(認知機能)、③や(薬剤)、④し(心理)、⑤ろ(老化)、⑥え(栄養)、⑦び(病気)。つまり、①~⑦は、高齢者の「食べる力」を地域の多職種で連携する際に鍵となる7つの要因(環境、認知機能、薬剤、心理、老化、栄養、病気)の頭文字なのだ。
 
①環境
病院から補助栄養食品やトロミ剤が必要と判断された高齢者がいたとしても、購入にかける費用(経済力)には個人差がある。さらに、買い物に行く手段やお店が居住場所の近くにない(買い物弱者)、調理(食事準備)ができないなど個人の生活環境に配慮して支援計画を練らないと、いくら理想を語っても絵に描いた餅である。また、孤食の問題からくる食の偏在や食形態、食事介助の協力など高齢者を取り巻く環境を知らなければいけない。
②認知機能
食物認知機能が低下すると、円滑な食事が困難となる。食べ物を認識できず、低栄養の原因ともなる。また、認知症の中核症状と食環境に齟齬があると異食・盗食・過食・拒食といった食行動異常が出現することもある。
③薬剤
内服薬の影響により「薬剤性嚥下障害」をきたすことがある。特に不穏・譫妄・うつ症状・不眠などに対して処方される非定型抗精神病薬・抗うつ薬・抗不安薬は、時に重篤な摂食嚥下障害を引き起こす。その他、口腔乾燥や味覚異常などをきたす 薬剤も多く、多剤服薬している場合は処方薬の整理が必要だ。また、処方された薬がしっかり飲めているか服薬支援に目を向けることも忘れてはいけない。
④心理
神経因性食欲不振症など摂食障害の他、うつ病(老人性うつ)など心因的問題で食欲は減退する。また、普段何気に食事している人でも精神的悩みやストレスにより突然の食思不振を招くことがある。一方、食品の盛り付けや彩りが心理的に影響し、食に対する過去の記憶や嗜好が刺激され、食欲向上につながることがある。
⑤老化
加齢に伴い筋肉量が減少すると消費エネルギー量が少なくなるため、食欲減退傾向にある。また、消化液(胃液・膵液)の分泌量が減少し、腸の働き(蠕動運動)が低下することも食欲を減退させる要因となる。さらに、歯の喪失や唾液分泌量、舌圧の低下など口腔の老化現象により食塊形成が困難となり誤嚥や窒息のリスクが高くなる。
⑥栄養
低栄養になると免疫力の低下を招き、誤嚥性肺炎のリスクが高くなる。また、水分やビタミン・ミネラルの不足により口腔粘膜炎や味覚異常、意識レベルの低下をきたすこともある。そして、低栄養によって筋力低下(サルコペニア)が生じると、さらなる摂食嚥下障害をきたす可能性がある。
⑦病気
脳血管疾患や神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病など)を原疾患として摂食嚥下障害をきたすことが多い。一方、先天的な口蓋裂や顎の形成不全に伴う場合や、口腔がん・咽頭がんなど口腔・咽頭の構造に起因する摂食嚥下障害もある。原疾患が何であるかによって食支援のプランニングや方向性が異なる。
以上より、個々の「食べる力」は、①か(環境)、②に(認知機能)、③や(薬剤)、④し(心理)、⑤ろ(老化)、⑥え(栄養)、⑦び(病気)によって影響するため「カニや白えび」の関係を紐解くことは食事に関する問題点の整理や地域包括型食支援の連携を活性化させると考える。これが実行できれば、井の中の蛙大海を知らず・・・されど空の深さ(青さ)を知る・・・と結ぶことになるだろう。病院や施設だけでなく居宅も含めた地域での食支援に目を向ける時代なのだ。