足りないのは病院ではなく、
通院できない高齢者を
地域で守る仕組み
在宅医療のトップランナー
佐々木 淳が語る「在宅医療のいま」 vol.1
医療法人社団 悠翔会
理事長・診療部長
佐々木 淳先生

2006年、東京・千代田区に開設された在宅医療専門クリニック「医療法人社団 悠翔会」。理想とする在宅医療の実現を目指し、現在、首都圏の在宅医療をリードする存在である悠翔会の理事長・佐々木淳診療部長に、在宅医療の現状や課題、多職種連携などについてお伺いしました。

開設以来、増え続けるクリニックと患者数
悠翔会の立ち上げにあたっては、在宅医療で訪問できる範囲が半径16キロ圏内と定められているため、東京23区をカバーできる場所として東京・千代田区を選びました。ところが実際に始めてみたら23区内にも地域によって患者数の偏りがあり、訪問場所によっては移動効率が悪く、回りきれないこともあったんです。そこで徐々に患者さんが多いエリアにサテライトクリニックを開いて診療地域を分割することにし、現在は23区内を6つのクリニックで分担できるようになりました。
さらに在宅医療のニーズが多い千葉、埼玉、神奈川にも展開し、準備中のものも含めるとクリニック数は2017年末時点で全11軒です。医師の数は76名になり、約3500名の患者さんを診ています。患者さんは施設に入居されている方と、自宅の方が半々ぐらい。患者さんの数とともに増えてきたニーズに応えるため、今では精神科、皮膚科などの専門医も加わり、看護師の数も増えました。
足りないのは高齢者を地域で守る仕組み
首都圏は医療施設数が多く恵まれているイメージがありますが、人口当りの医師数でいうと東京以外の千葉、埼玉、神奈川は、実は全国でも最低レベルなんです。しかも、この3県は2010年から2030年までの20年で後期高齢者数が200%から249%増えると予測されています。単純に考えると、現状でも在宅医療のニーズに応えきれていないのに、それが2倍になるわけです。今後、首都圏では少ない医師数で如何に大量の高齢者を支えるかを考えていかなければなりません。
また、首都圏における在宅医療の供給量が少ない結果として、救急車を呼ぶ高齢者が急増していることも問題になっています。これまで救急車と病院を増やす対応が進められてきましたが、高齢者の救急搬送の内訳を調べてみると重症者の搬送はあまり増えておらず、増えているのは軽度から中等度の方々なんです。つまり本来であれば地域医療を担う開業医の先生達でカバーできる患者さん達が、通院できなくなって救急車を呼んでいるのです。
そうなってしまうのは自宅や地域できちんと健康管理されていないからであって、足りないのは病院の数ではなく、自分で通院できない高齢者を地域で守る仕組みの方なんです。将来的に救急搬送が今の2倍になれば、救急医療は破綻してしまいます。高齢者にとっても、救急搬送と入退院を繰り返して病院で亡くなるのは決して幸福なことではありません。
在宅医療はチーム医療にする必要がある
在宅医療の課題としては、医師が少ないことのほかに質的な問題もあります。病院医療はチーム医療なので問題があれば誰かが気づきますが、在宅医療は大抵一人で行うので、どんなに一生懸命やっていても専門性などに偏りがあり、見逃しも出てくると思うんです。ですから僕の個人的な意見ですが、在宅医療も専門職間や在宅医同士などで支え合えるチーム医療にしていく必要があると考えています。困ったときに、別の在宅医や専門が異なる医師に相談できる体制があれば安心です。
悠翔会では基本的に医師と看護師、そしてドライバーが一組になって患者さんの自宅や老人ホームなどの施設を訪ねて診察します。医師だけではカバーできない問題を複数の専門職で支援する「栄養サポートチーム」「認知症サポートチーム」といった枠組みもあり、常勤2名、非常勤1名の管理栄養士が参加することもあります。
3つの客観的指標と患者さん満足度で評価
また、在宅医療にはクオリティインディケーター(医療の質を示す指標)がないので、悠翔会では3つの客観的な指標を設けています。1つは「延べ入院日数」。入院が必要な事態を最小限に抑えるのが在宅医療の主たる使命なので、予防ケアや健康管理が適切だったかどうかの判断基準になります。2つ目は「在宅での看取り率」。家族に不安があれば患者さんは入院することになりますが、多職種連携と家族との情報共有がしっかりできていれば、自宅で穏やかに亡くなることができるからです。3つ目は「患者さんの紹介数」。地域で必要とされる仕事をしていれば、地域から依頼があるはずですから。もう一つ、主観的な指標で「患者さん満足度」というものも調べています。患者さんにとって必要な診察時間が確保できているか、話がわかりやすいかなど、約15の項目ではかっています。
これら3つの指標と患者さん満足度を総合的に判断した結果は医師達に伝え、成長意欲に繋げています。中には数字が出るのを嫌がる医師もいますが、僕らはチーム医療なので、診療評価は医師個人への評価だけではなく、クリニック全体の評価であり、法人全体の評価なんです。ですから、こうした指標を見ながらきちんと対応していかないといけません。
当直機能を地域に開放し、地域全体の医療を支える
かつては日本人の8割が医師に看取られ、自宅で亡くなっていました。それが今ではほとんどの人が病院で亡くなり、地域の先生達は往診しなくなってしまいました。往診がないから、通院できなくなった患者さん達が悠翔会の在宅医療クリニックに変えているんです。けれども本来は、若い頃から診てもらい、信頼関係を築いてきた地域の先生達に最後まで診てもらうのが幸せだと思うんです。それが理想の在宅医療なのではないでしょうか。
高いニーズがありながら在宅医療がなかなか普及しない最大のネックは、開業医の先生達にとって、24時間対応の負担が大きすぎることが挙げられます。悠翔会では76人という医師の数を生かし、「自分自身が生活者としてきちんとした生活を送っていなければ、誰かの生活を支えることなどできない」という考えのもと、常勤医師は当直なしで昼間勤務のみも可能な仕組みを整えました。
さらに、地域の先生達が休日・夜間など対応できないときにサポートする仕組みがあれば、より多くの先生達が在宅医療に加わってくれるのではないかと考え、2011年から悠翔会の当直機能を地域の先生達にも開放しています。休日・夜間は悠翔会が地域の先生達の副主治医となって患者さんをお預かりし、地域全体の医療を支えているのです。

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