【第28回 ヘルシーフードセミナー】
平成29年10月28日、三井住友銀行ライジング・スクエアにて「第28回 ヘルシーフードセミナー」が開催されました。24時間対応の在宅総合診療を展開する佐々木先生、そして摂食嚥下・栄養の領域で活躍される戸原先生のお話から、一部ご紹介いたします。
●第⼀部

超高齢社会における栄養士の役割

佐々木 淳先生
医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長

社会的機能の維持こそ重要
高齢化にともなって「身体的機能」が衰え、治らない病気や障害を持つようになる療養の時期を迎えます。この時期を豊かに過ごすには「社会的機能」の維持が大事です。
病気があっても本人が望む生活を継続できる環境をつくるには、栄養士を含む専門職の連携が重要です。超高齢社会の栄養士の重要な役割として「高齢者に最適化した医療」「予防医学」「看取り援助」の3つの取り組みをご紹介します。
高齢者に最適化した医療
たとえば、高齢者が転倒して骨折した場合、そこには複数の原因が絡み合っています。骨折したのは骨がもろいからであり、なぜ転んだかというと筋力が弱いからです。筋力の弱さは摂食障害が原因なのですが、救急車で運ばれた病院では骨折の治療しかしません。そうすると、入院中に摂食障害が進行してご飯が食べられなくなりますし、認知症が進行してしまって家族の顔が判別できないような症状を示すと、退院は困難になります。
高齢者にとって適切な医療とは、病気を治すことではなく、生活を維持することであり、そのためには地域で高齢者を守る「地域完結型のケアサイクル」が必要なのです。
負のスパイラルを絶つ予防医学

2つめは、高齢者を入院させない「予防医学」が大事だという話です。フレイル(虚弱)を起こしている高齢者は入院すると身体機能や認知機能が低下することが分かっています。この入院機能障害の要因は2つ。環境が変わることで起こるストレスや適応障害といった「リロケーションダメージ」と、筋肉が病的に減少した状態になる「医原性サルコペニア」です。高齢者は、入院中安静な状態で点滴や絶食といった食事制限が行われると、廃用症候群を起こして動けなくなってしまいます。こうなると要介護状態が悪化し、身体機能がさらに低下します。そうならないためには、病気にならない、入院させない「予防」が大事ですあり、その予防に栄養士の役割が非常に大きいと考えます。

実は、在宅高齢者の9割に栄養状態の問題があります。加齢とともに食が細くなるのはしょうがないと思っているうちに栄養状態が悪化し、筋肉量も減少します。そうなると運動機能が低下し、食欲も落ちる「負の循環」が起きます。この状態から抜け出すには、しっかりした食事の摂取しかありません。栄養状態を改善させれば、リハビリをして筋肉を戻し、外出機会も増え、食欲も上がるというプラスの循環に変えていけます。
もうひとつ注意したいのが、過度の塩分制限は低栄養を招くというもの。塩分制限は動脈硬化を抑制するために行われますが、いままで塩分を好き放題取ってきた人は、高齢になってから制限しても効果はありません。逆に、味が薄くなった食事を敬遠して食べなくなると筋肉量が減ってしまい、ますます食欲を失って低栄養状態になってしまいます。これは避けるべきです。
看取りの段階で食のあり方を見極める
終末期の患者さんの栄養ケアをどうするか、在宅医療においても難しい問題です。高齢者の多くが低栄養の状態にある中で、しっかり食事を取って元気になってもらいたいのですが、反対に看取りの段階に近ければ、栄養ケアの目的は食べて元気にさせることではなく、食べたいものを食べさせて満足して生きてもらうという考え方が求められます。その見極めが大切です。
栄養士さんに期待するのは、独居の高齢者において、調理できる人がいなかったり、本人もキッチンまで足を運ぶ力がないことに適切に対応していただきたいということ。食事の提供だけでなく、冷蔵庫の中を見て、調理道具や食器の衛生状態などを見ることも必要になります。
どうしたら幸せな食生活を送れるか。目の前の患者さんとの対話の中から引き出していくことが大切です。

●第二部

摂食嚥下障害の評価と訓練の実際

戸原 玄先生
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科
老化制御学系口腔老化制御学講座
高齢者歯科学分野 准教授

ぱっと見の印象で嚥下障害か判断する
高齢者の顔写真(スライド)で見ていただいて「この中で誰が嚥下障害か?」を会場の皆さんと観察し、解説していきます。摂食嚥下障害のある方には外見上の特徴がありまして、どこに注目し、チェックしていくかがポイントとなります。痩せているか、太っているか、しゃべることができるか、できないか。嚥下障害の発見には、そうしたぱっと見の感じでつかむことが大事なのです。
[目が覚めているか]
覚醒状態が悪いと嚥下反射が起きづらくなることもある。目が覚めておらず意識レベルが低い状態を見たら、嚥下反射や咳反射に悪影響が出ることを疑う必要があります。
[深い呼吸ができているか]
健康であれば飲み込んだ後、息を吐くという動作を無意識にするが、ひどく呼吸が浅い人、失調性呼吸の人は、呼吸の乱れによって誤嚥しやすくなります。
[のど仏が下がっていないか]
男性に多いのが、のど仏(甲状軟骨)が下がっている状態。通常は下あごとのど仏の間隔は指1本ぐらい。のどの筋肉の弱った高齢者はのど仏が下がっています。食べ物をゴクンとするときに時間がかかり、のど仏を持ち上げないと飲み込めない状態です。特に痩せている高齢の男性を見たら、のど仏がどの位置にあるのかチェックが必要です。
[猫背など姿勢の崩れはないか]
猫背の姿勢になると顔を上に向けるようになって首の筋肉が伸び切った状態となり、飲み込みにくくなる。姿勢の崩れを見ることが必要で、ずり下がった状態で座った場合などに、頭を支えるために首がふんばっていることがあると嚥下が悪くなります。
[声は出ているか]
声が出ない人、声を出そうとすると声門にすき間が空いて「ハァー」となってしゃべれない人は誤嚥の可能性が高い。声を出してもらい、口の動きを見ます。
[口の状態はどうか]
ひっきりなしに吸引が必要なほど唾液が出るとのどにたまり、誤嚥しやすくなります。口が汚れている人は食物が口の中に残っていたり、乾燥した痰が口中にこびりついていたりしますし、口がうまく使えていないために、痰を吸引してものどを使わないのでまたこびりつきます。脱水が疑われるので水分補給が必要です。
口から食べるための嚥下訓練
私たちが開発した開口力測定器を使った調査によると、健常者に対して要介護の高齢者は、口を開ける力がおよそ半分になってしまいます。食事と摂る際、口を開けるとのど仏のあたりの筋肉をつり上げます。そのため、訓練としては口を最大限に開口し10秒保持するようにします。これを1日に2回セットでやると舌骨拳上量などの改善がみられます。
介護教室でこの訓練を実施したところ、状態が改善した高齢者から「毎日食事がおいしくてたまらない」「人生観が変わり、一刻一刻を大事に生きようと思った」などの声をいただきました。
胃ろうの前に嚥下機能の検査を
摂食嚥下障害がなぜ起こっているのかをよく考える必要があります。脳血管障害の後遺症や進行性疾患、口の衛生環境などが摂食嚥下障害の原因ですが、「たまたま調子悪い」ということが意外にあります。いろいろな情報を取得して判断することが大事です。
また、病院で誤嚥があるからといって十分な検査をせずに胃ろうをつくるのは性急です。私たちが内視鏡検査で詳細に診たところ、胃ろうの患者さんのうち77%が“誤嚥無し”でした。胃ろうの方は、カテーテルの交換の機会を利用して嚥下のテストをやってみることを提案します。
摂食嚥下障害と診断され、口から食べることを諦めている人が大勢います。ある患者さんは嚥下障害が激しかったのですが、訓練を続けた結果、8年かかって嚥下反射が起こりました。
状態が悪いからといって口から食べることをやすやすと諦めず、いま食べられない人に対して何ができるかを考えるだけでも結果が違ってきます。栄養士の皆さんも、ぜひ「食べたいのに食べられない気持ち」に光をあててください。