「安全に食べる喜び」と
「できることが増える喜び」を、
より多くの障害児(者)に
提供していただきたい
『発達期摂食嚥下障害児(者)のための
嚥下調整食分類2018』を活用するために
昭和大学 歯学部
スペシャルニーズ口腔医学講座
口腔衛生学部門 教授
弘中 祥司先生

2018年1月、日本摂食嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会が、『発達期摂食嚥下障害児(者)のための嚥下調整食分類2018』(以下、本分類)を発表しました。医療検討委員会 発達期嚥下調整食特別委員会で副委員長を務められた弘中祥司先生に、本分類が策定された経緯やその特徴、活用のポイントなどについて伺いました。

安全を守りながら、発達期障害児(者)の機能獲得を支援する
摂食嚥下障害の方への食事提供の指針について、これまでは『嚥下調整食分類2013』(以下、学会分類2013)が活用されてきました。しかし、学会分類2013は主に成人の中途障害者を対象として想定しており、摂食嚥下機能の獲得途上にある発達期障害児(者)の場合、『栄養は摂取できるものの摂食嚥下機能を伸ばすことができない』という問題があったそうです。
「発達期障害児(者)の場合、不適切な方法で食事を摂っていると、成長に伴って誤った形の摂食嚥下機能を獲得していくことになりかねません。従って、なるべく早く適切な介入を行った方が、正しい機能を効率よく伸ばすことにつながります。その一方で、「安全に食べられること」にも配慮する必要があります。これらを背景に、発達期障害児(者)を対象とした食事提供の指針として本分類を取りまとめました。口腔内で食物を押しつぶしたり咀嚼する動きを引き出すなど、安全性に配慮しながら食を通じて摂食嚥下機能の発達を促すことをコンセプトとしています」
情報交換や共有のツールとして機能することも目指す
策定に際し、摂食嚥下機能の専門家のほか、日本小児歯科学会や日本小児神経学会、日本重症心身障害学会など幅広い分野の専門家と連携し、パブリックコメントも募って多角的な議論を重ねた、と先生は策定過程を振り返ります。
「その結果、主食4・副食4と、食形態を学会分類2013よりも多くしました。成人の中途障害者と異なり、発達期摂食嚥下障害児(者)の原因疾患は多様であり、個別性の高い対応が必要となるためです。また、学会分類2013と同様、液状食品についても触れています。
策定にあたって配慮したのは、まず主食・副食各4形態の名称です。主食は《ペースト粥、ゼリー粥、つぶし全粥、つぶし軟飯》、副食は《まとまりペースト、ムース、まとまりマッシュ、軟菜》としています。医療・教育・福祉施設など502機関を対象にアンケート調査を行った結果、多種多様な食形態と名称が用いられている実態が浮かび上がったため、本分類の利用により統一の食形態・名称を浸透させるよう図りました。食形態と名称を一致させることで、医療・教育・福祉施設やご家庭の間での情報交換や引き継ぎも容易になります。
見てわかりやすいことにも配慮し、《発達期嚥下調整食分類主食表》《同・副食表》として、作り方例や口腔機能との関係などをまとめるとともに、静止時・すくった時・押した(つぶした)時の状態写真を掲載した一覧表を収録しています。これについては、発表後、各機関の栄養士や調理師の方々から『イメージがつかみやすい』と好評が寄せられています」
個別対応しやすいよう、手元調整についても提案
(図1)
展開例を豊富にしたことも本分類の特徴、と先生は続けます。主食9、副食8の展開例を、静止時とすくった時の写真とともに収録。(図1)これは、本分類のもう一つの特徴である手元調整(手元調理)の際にも参考になるものです。
「手元調整とは、食卓またはその周囲で、水分を加えたり押しつぶしたり2つの料理を混ぜるなどを行い、より適切な食形態に調整することです。
本分類で手元調整を取り上げた理由は、発達期摂食嚥下障害児(者)の原因疾患は多様であり、また個々の成長状況によって摂食嚥下器官の状態が異なるため、対象者の実情に沿った個別対応が重要となることによります。
手元調整には「水分を加えることで粘性を弱くする」場合と「とろみ調整食品やゲル化剤を用いて粘性を強くする」場合が考えられますが、本分類では粘性が強めの食事を調理場から提供し、手元調整で症例に応じて弱くすることを想定しています。これは、教育・医療・福祉施設などある程度の喫食者数に食事を提供する機関での使いやすさに配慮したためで、提供時の効率向上や、1食分のカロリー計算がしやすいなどの効果が期待できます。またご家庭でも参考にしていただけるよう、手元調整の際に使用する調整食品についても触れています
小児の体重当たりの水分量は成人に比べて多いこと、発達期嚥下障害児(者)では開口による粘膜乾燥や涎・喀痰など水分を喪失する要素が多いことなどから、水分については「液状食品」という名称で取り上げています。学会分類2013にはない「とろみなし」「ゼリー状」を入れていることも特徴です。
「小児は口唇から喉までの距離が短いためもともとは誤嚥しづらいのですが、とろみをもたせることで却って誤嚥を引き起こす場合があります。反対に、対象者の年齢が高い場合、ゼリー状にして食べる形態にした方が、安全性が向上するケースもあります。こうしたことから「とろみなし」「ゼリー状」を液状食品の形態に加え、乳児から成人に近い方まで、幅広い年齢に対応できるようにしています」
一人ひとりの状態をよく観察して、適切な食形態の選択を
各機関で食の提供現場を預かる栄養士や調理師、また家庭でお子様の食事を用意する保護者の方が本分類を適切に活用するためには、対象となる障害児(者)の摂食嚥下機能がどの程度の段階にあるか、またその発達を今後どのように促していくのが望ましいかをしっかり見極めることが重要、と先生は提言します。
「そのための確認ポイントは2つあります。1つ目は全身の発達状態。首のすわりなどから、体幹がどの程度安定しているかを把握します。2つ目は口腔や歯、咽喉など摂食嚥下に関わる器官の発達状態です。一人ひとりの発達状態を踏まえ、その障害児(者)にはどのような形態の食を提供するのが適切か検討していただきたいですね。
また、もう1点留意していただきたいのが、《安全性と発達支援》の双方を意識することです。例えば噛んだり潰したりする必要のない、その方が簡単に飲み込める形態の食事は安全に摂食できますが、それだけでは摂食嚥下機能の発達を促すことはできません。少し噛む動きができていれば噛む練習を取り入れられる食形態を選択するなど、総合的に判断して、適切な形態の食提供を行っていただければと思います」
前段部分に「摂食嚥下障害児(者)と食」に関わる豊富な情報も
(図2)
発達期摂食嚥下障害児(者)に関する書籍や文献は数多くあるが、「食」をテーマとしたものはあまり見られない、と先生。従って本分類では、前段の「概説・総論」の部分で、発達期摂食嚥下障害児(者)と食との関わりや、症状ごとの留意点、各発達期嚥下調整食の特徴などについて十分な解説を設け、基本的な知識が習得できるようにしたとのこと。
「いきなり食事や液状食品の食形態を確認するのではなく、まず前段をしっかり理解することで、本分類をより効果的に使いこなすことが可能になります。なお、本分類では、主食に米の使用を想定しています。現在、教育機関の給食における主食は米が基本であること、食物アレルギーに配慮する必要があることが理由です。パンや麺を使用する場合は、本分類の主食の食形態を参考にしていただければ、と思います。
また、本分類と、『学会分類2013』  、『授乳・離乳の支援ガイド』  (厚生労働省)との使い分けに悩まれることもあるかもしれません。食を通じて摂食嚥下機能の発達を促したい時に本分類を活用していただければ、と考えています。一方、摂食嚥下障害児(者)の場合、必ずしも段階的に機能発達するわけではありません。従って本分類では、主食・副食の各4形態は並列の位置付けとし、ステップアップは想定していません。あくまでも対象となる障害児(者)にとって適切な食形態を、その都度、選択していただければ、と考えています」(図2)
一言で「発達期」といっても乳幼児期から青年期までと対象は幅広く、体も大きく変化していきます。こうした状況に対応するため、現在、医療検討委員会では、ライフステージ別のガイドライン策定に向けた取り組みを始めているそうです。
「発達期摂食嚥下障害児(者)の摂食嚥下機能の発達を、食を通じて支援することはやりがいの大きいものです。ぜひ本分類を活用し、多くの障害児(者)に「安全に食べる喜び」と「できなかったことができるようになる喜び」を提供していただきたい、と願っています」