どうすれば患者さんが
主人公であり続けられるかを
考えるのが在宅医療
在宅医療のトップランナー
佐々木 淳が語る「在宅医療のいま」 vol.2
医療法人社団 悠翔会
理事長・診療部長
佐々木 淳先生

首都圏の在宅医療をリードする悠翔会の理事長・佐々木淳診療部長。
第2回目は在宅医療における「食」のあり方を軸に、多職種連携の重要性、栄養指導の注意点、管理栄養士に求められる役割などを語っていただきました。訪問栄養指導に興味がある方、挑戦したい方は、ぜひご一読ください。

在宅医療を受ける高齢者の約9割が低栄養状態
高齢者の体が弱り、認知機能が低下し、寝たきりになって亡くなるプロセス自体は、病気ではなく自然なことです。ですから患者さんにとって一番良い形でその状況を過ごせるように支援していくのが僕達の仕事です。悠翔会には様々な専門医がいますが、そうしたプロセスにおいて専門医が必要になる状況は実際にはあまりありません。むしろ多職種が連携して食事のケア、リハビリの指導など日々の支援を行うことが、予防医学としてとても重要です。
特に食べることは、生きるためにも、生活を楽しむためにも大切なことです。若い人の老化スピードを左右するのは動脈硬化なのですが、高齢者の衰弱を早める要素は実は栄養状態なんです。ところが僕達の調査によると、在宅の患者さんのうち49%が低栄養状態で、40%がそのリスクが高い状態に置かれており、合計約90%の方々が栄養状態に問題があるのです。それなのに歳とともに食が細くなるのは当たり前と思われ、回復可能な患者さん達が見過ごされている可能性があります。
動脈硬化とは動脈(血管)が硬くなり、老化することです。全身の臓器は血管の塊なので、血管が老化すれば当然、臓器も老化します。動脈硬化を進める要因は喫煙や糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満など様々で、若い人達は不摂生しないよう努力することが長生きに繋がります。しかし高齢者の場合は既に加齢が進んでいますから、基本的に動脈硬化も進行した状態なんです。ですから高齢者は不摂生しないよう気をつけるよりも、健康状態を左右する栄養状態に注意すべきなんです。「食べ過ぎては駄目」「脂を摂っては駄目」という栄養指導から、「しっかり食べて太ってください」という指導に、どこかの時点で切り替えることが必要です。
どうすれば患者さんが主人公であり続けられるか
病院に勤務する医療従事者には患者さんの体をアセスメントする癖がついていて、まず血液や検査データを見がちですが、在宅医療の場合はそうではありません。患者さんの生活全体を見ないと適切なサポートはできないのです。健康を取り戻すことはもちろん大事ですが、在宅医療の一番のポイントは生活を継続することにあり、まずは患者さんの生活を見なければいけません。
栄養指導をするにしても、生活力や経済力、患者さんの飲み込む力、病気との絡みなどを総合的に考えていく必要があります。患者さんのお宅に入ったら冷蔵庫を見て、経済状況を見て、料理を作る人の腕前を見て、調理器具を見て、高齢者が調理できるメニューを考え、それを実際にやって教えてあげて、ヘルパーさんやケアマネさんにも伝え、多職種で情報を共有していきます。
治療優先ではなく、生活の継続を優先するという価値観のなかで、患者さん本人が望む生活を続けるためにどうするか。その答えを導き出し、実践していくのが在宅医療なのです。普通の成人と違って高齢者は個別性が高いので、個別性に対応しないと成果は出ません。患者さんはなかなか本音を言えなかったり、無意識に優等生を演じたりするもので、ときには自分自身の願望に気づいていないこともあります。そういう患者さんから本当のニーズを引き出すにはコミュニケーションスキルが必要です。
対話の中から上手くニーズを引き出し、そこに付加価値を乗せていけるのが理想でしょうか。どうすれば患者さんが主人公であり続けられるかを考える仕事なんです。
患者に感謝され、家族の記憶に残る重要な仕事
食べることは生活の質の中心であり、命の長さを左右する重要な要素なので、栄養管理と摂食・嚥下支援は在宅医療における大きな柱です。食べる行為は様々な要素から構成されているので、食に関する問題の原因は精神的なものか、薬の副作用か、テーブルと椅子の高さを調整すれば解決できるのかなど、食べられない要因を探り、専門職が連携してサポートしていくことが大切です。
管理栄養士は栄養に関する専門家ですが、食べることに関する全てを総合的に見て「食事量が少ないのはこの薬の影響ではないか」「栄養士でなく精神科の先生に、あるいはリハビリの先生に相談した方がいい」といった意見を、医師にフィードバックしてくれる人もいます。それがきっかけで必要な分野に繋ぐこともできるので、栄養士でないと気づけない視点は貴重です。そういう指摘を嫌がる医師もいますが、きちんと多職種連携できる医師でないと在宅医療は上手くいかないんです。
管理栄養士としての栄養学の知識だけでは太刀打ちできない部分も多いので、職種の壁を越えて色々なことを学んでいただきたいです。興味があれば、まずは一度地域に出て、実際にやってみるのが一番いいですね。患者さんに感謝され、患者さんが亡くなった後もご家族の記憶に残る重要な仕事です。ぜひ訪問栄養指導に挑戦していただきたいと思います。
高齢者の食を総合的に支援する体制が欲しい
食支援の重要性はまだまだ一般社会に浸透していません。2060年には国民の40%が高齢者になるのですから、今後はスーパーやコンビニなどでも、もう少し高齢者向けのお惣菜やお弁当といったバリエーションが増えてもいいんじゃないでしょうか。そして、食べることは口だけでなく体全体の問題ですから、総合的に支援できる体制を作っていかなければいけないと思います。
高齢者の健康にいい食品は色々ありますが、栄養面で見直して欲しい食べ物は卵です。たんぱく質と脂質が豊富で、アミノ酸スコアは100。1個でたんぱく質が7グラムぐらい補給でき、カロリーもほどほどに高いので、おすすめです。そして高齢者の場合は体重をきちんと量り、できるだけ減らないように注意してください。筋肉の量を測る方法もいくつかあるので、ぜひ覚えて実践して欲しいです。
年をとってから筋肉をつけるのは結構大変なので、若い人達には今からしっかり筋肉をつけておいていただきたいです。2060年に国民の40%が高齢者になると話しましたが、その高齢者というのは今の若い人達ですから。健康な高齢者になれるよう、今のうちから準備する必要があります。