自ら治療に携わりながら、地域の中で摂食嚥下障害を支援する医療機関のネットワーク化を推進している戸原先生。在宅医療の佐々木先生とともに、患者さん一人ひとりに最適な医療とケアを提供しています。その活動に重要な役割を果たすのが、栄養ケアだけでなく、食べることのすべてに関わる管理栄養士の活躍です。大切なポイントを両先生にお話しいただきました。
対談日:平成29年10月28日

本当に必要な治療のために多職種連携が大切
ーまず、現在取り組んでいらっしゃる医療連携についてお聞かせください。
戸原摂食嚥下に関して支援を受けられる地域作りを目指してホームページで「摂食嚥下医療資源マップ」というもの作っているのですが、いま、嚥下訓練などの支援ができる医療機関が1,300超まで増えました。
立ち上げから考えると、想定よりも参加機関は増えていますが、まだ足りていません。今後も参加いただく医療機関を増やしたいと思っているところです。摂食嚥下支援を全部カバーしないといけないということではないので、検討中であればぜひ問い合わせいただきたいです。
佐々木在宅医療の側からみると、戸原先生の活動は非常に心強いです。患者さんを診て、摂食嚥下の問題を見つけた場合、僕たちの組織にも歯科医はいるけど人数は少ない。医療資源マップがあると、地域ごとに摂食嚥下支援が得意な先生がいることが分かるので、連携を取りやすいですね。
戸原ありがとうございます。患者さんから見れば、いままでは、摂食嚥下支援ができる医療機関を自力で探すか、かかりつけのお医者さんに相談するしかありませんでした。まれに患者さんから私どもにお電話を直接いただくこともありますが、そこまで行動力のある人はいません。医療資源マップがあることによって、患者さんの助けになればいいですし、それに医療機関同士が協力することも起こっているので、そうした連携も促進できればと思います。
医療資源マップは完成形に近いですが、まだ、利用のしやすさという点は改善の余地がありますし、情報もさらに追加しようと思っています。
佐々木ところで、摂食障害があったときに、それが食べる機能の低下なのか、気持ちの低下なのか、我々在宅医療の医師は見極めないといけません。そうしたときに、専門の戸原先生に診ていただく。その結果、機能障害ではないということで、結局、私たちの元に戻ってくることもありますよね。本当に摂食嚥下の機能障害の人たちはそれほど多くはありませんから。ただ、こうした歯科と医科、それに管理栄養士、リハビリがそれぞれ連携して必要な力を発揮し正しく判断していく多職種連携が、在宅医療においてはすごく大事なことだと思っています。
戸原私どものほうでも多職種連携は多いし、連携しないとうまく機能しないのです。たとえば、患者さんから直接依頼があったり、ケアマネージャーさんからの依頼だったとしても、必ず主治医から診療情報を提供してもらうようにしています。情報提供をいただかないと正しい判断ができないし、治療がいまどういう段階でどういう方向に持っていこうとしているのかが分からないからです。
ところで、私の診療の範囲で管理栄養士さんと行動を共にする機会はあまりないのですが、佐々木先生はいかがですか?
佐々木たしかに管理栄養士さんの在宅介入は少ないですね。珍しい存在です。
戸原知り合いに訪問を熱心にやっている管理栄養士さんがいますが、患者さんを一緒に診ませんかと連絡をくれることがあります。その人は栄養指導を進めたいけど、自分だけだと判断がつかないことがあって先へ進めないということなのですが、実はこういう依頼が最も受けやすいです。患者さんに対して何かやりたいことがあったり、どこを見てほしいか具体的に決まっているという状態で連絡をくれるのが理想です。

お互いの専門性と顔が見える地域医療へ
ー多職種の連携を促進するために、どのような活動を行っていますか?
佐々木悠翔会ではクリニック単位で「ケアカフェ」という活動をやっています。地域の多職種の方たちを対象にケースカンファレンスやミニレクチャーをしたり、定期的に集まってワークショップを実施して、地域ごとに顔が見える関係をつくろうとしています。在宅医療は、患者さんごとにプレイヤーが違うので、その場に集って信頼関係を作るのが大変なんです。だから、地域の多職種全部まとめて“面の関係”をいっぺんに作ってしまおうというのがねらいです。
それから「在宅医療カレッジ」という多職種向けの勉強会もやっています。いま全国で約8,500人が登録しています。戸原先生にも登壇してもらいましたよね。参加者は摂食嚥下ってこういうものなのかと理解してたいへん勉強になりました。
戸原そんなに多くの方が登録しているんですね。
佐々木多職種連携をしていくには、お互いの専門性を知らないといけません。こういう状態になったら歯医者さんに頼もう、管理栄養士さんに頼もうなど、それぞれの職種の機能が分からないと治療が進まないし、専門職の技量が分からないと確かな判断もできませんから。最適なチーム構成でその患者さんを支えるようにできるといいと思うんですね。そのために、多職種同士、お互いの顔や技量が見える関係を地域ごとに作っていきたいと思っています。
戸原多職種連携に慣れていない人だと、多職種と書いてあるからありとあらゆる職種の知識を採り入れないとダメなのかと考える人もいるかもしれません。そうではなくて、佐々木先生がおっしゃるように技量が見える関係でちょうどいいような気がします。
佐々木全部を知ろうと思ったらそれこそ天文学的なので。自分が仕事するときに、このパートナーとはやりやすいという人たちが、地域に何人かいることが分かれば十分ですね。それで仕事をしていける。
在宅医療カレッジは“広く、浅く”が基本なので、学習効果としてあまり高くありませんが、この機会を通じていままで知らなかったことを知ることが大事です。戸原先生の講演を聞いてその領域に関心を持ち、ちょっと勉強してみようかなというモチベーションが起こる人もいます。
戸原全然知らないことありますからね。
佐々木知ってるつもりで知らなかったり。特に摂食嚥下や認知症、緩和ケアもそうだし、毎年新しい知見が出てきて、それを現場でどう運用していけばいいか。そもそもそういう症状があること自体知らないこともあります。戸原先生の話を聞いて、はじめて自分の患者の口を見るようになった人もいる。これはすごくいいことです。

家族を支えるために食べることに広く関わる
ー食の支援はどのような効果をもたらすとお考えですか?
戸原なぜ摂食嚥下支援が大切かというと、食べさせるようにするというよりも、自ら食べられるようになることで、他のことができるようになるわけです。
ある頭部外傷の患者さんの話ですが、家族で集まって沖縄旅行に行ったそうです。旅行して大変な目にあったとか、途中で吸引してあの時は大変だったよねとか、こちらが訪問したときにそういう話や現地で撮った写真を見せてくるんですね。こうした経験があると気持ちがだいぶ保てるようです。ときどき“楽しい非日常”を作らないといけないなと思います。
佐々木私の患者さんもいまちょうどハワイに行っていますよ。全身の失調性麻痺なんですが、年一回家族でハワイに行ってきます。航空会社に医療機材の持ち込みの許可を取ったり、現地の病院の手配や英語の紹介状など全部準備して行くのです。日本だと弱々しくしているおばあちゃんが、向こうでハワイ料理を食べていて、 “いま食べてます!”という写真を送ってくるんですね。
介護しなくてはいけないと思うとそれが義務になって、日々辛くなってしまいます。介護は暮らしそのものであって、その中でお母さんがにこって笑うと家族が円満になりますよね。いかに生活を楽しくするか。家族にとって介護の負担は減らないけど、介護のし甲斐がある、楽しいと思えるような工夫が大事です。
そういう意味で摂食嚥下支援は介護する家族の希望になります。淡々と胃ろうで流していたおじいちゃんがいて、その家族に、一日一回手作りの介護食を食べさせてみてくださいと。そうすると作ってよかった、喜んで食べてもらって介護のやり甲斐があったと言っています。本当に胃ろうの人は無表情だし、そうなると本人も何のために生きているのか、家族も何のために介護しているのか分からなくなってしまうと思うんです。
戸原男性の介護者で、もともと料理したことないおじいちゃんでしたが、みるみる腕を上げた人を知っています。
佐々木いますよ、僕の患者さんにも。奥さんが料亭の娘さんでおいしいものしか食べない人だった。その人が介護食しか食べられなくなったとき、ご主人ががんばって調理師免許を取りました。いまでは料理に出汁をとるようなこともやってますからね。セカンドライフの目標を見つけられたのだと思います。車椅子を押しながら一緒にスーパーに食材を買いにいったりとか、普通の人の日常とは違うかも知れないけれども、二人にとってはそれが幸せで、意味のある生活だと思います。
戸原高齢医療にとって、管理栄養士さんの役割は大きいですよね。食べさせるときに工夫するのは食事の形態や柔らかさだけではありません。食べさせる部屋も影響してきます。ずっとベッド上で食べさせるのではなく、せめて窓際連れていってあげてほしい。食事の内容だけをあれこれいじるのではなく、それ以外に目を向けること。環境や雰囲気が大事です。食べるときの姿勢の調整、食べさせ方も影響します。
それから、認知症は個別性が高いのでまとめづらいのですが、口に食事を入れても動かない場合は、自らもぐもぐやって見せることも工夫の一つです。とにかく、患者さんをよく見るのが大事だと思います。食事を口に入れたときに問題あるとすぐに嚥下に障害ありと考えがちですが、そうではなく、特定の食べ物を嫌がっているだけかもしれないし、硬いものはダメだけど、柔らかいものは食べられるかもしれない。観察が大事です。
佐々木おっしゃるとおり、まず患者さんに目を向けて、患者さんのニーズに応えていくことが大事ですよね。
ー本日は、貴重なお話しをありがとうございました。